先生とカウンセラーの違い

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     さて・・・
     重大な犯罪を犯した者がいたとする。たとえば、無差別殺人だとか・・・そういうやつ。
     
     で、その人の住んでいた地域の人々や、学校の教師などに聞くとたいていインタビューにはこう答えるのである。
     「大人しくて真面目な良い子だったのにショックです。びっくりしました」
     
     
     
     なぜ、そんな問題の無さそうな子供が犯罪を犯すのだろうか。実は、問題が無いこだったのではなく、通常その言葉で表現される子供には問題がありがちである。これは学校と言う一つの社会をまとめている教師の認識と、それを基準とした社会の評価によって「大丈夫な子」と思われていたに過ぎない。
     
     
     さて、事前に言っておくが、今から説明するのは、それが教師の職責であって、そうした考え方が間違っている訳ではない事を明確にしておきたい。
     
     どういう事かというと・・・
     少々荒っぽい理屈だが、あなたが教師であったとしてどちらの生徒が問題があると感じるだろうか。
    A:大人しくて引っ込み思案
    B:校則を破り、教師に反抗する不良
     
     どうかんがえても、問題があるのはBである。
     これは当然だ。
     
     だが、そこに盲点がある。
     
     
     校則を破り、教師に反抗する。実はこれ事態は、精神発達的に見れば、さしたる問題ではない。
     方向性は間違っていても、しっかりとした自我が構築されており、自己表現ができているのである。
     
     逆に、大人しくて引っ込み思案の生徒は、教師から見れば手のかからない良い生徒だが、自我がきちんと形成されておらず、自己表現の手段を有していないと言えるわけである。
     
     
     一般的にカウンセラーは以下のようなものを重大であると考える。
    1:大人しくて人との関わりを持たない引っ込み思案
    2:衝動的な行動が目立ち、行動に一貫性が無い者
     
     反抗的な態度をとる「反社会的」な態度は実は大して重大ではなく、周りとのかかわりを持たない「非社会的」な態度こそが重大なのである。
     
     これは当然、教師にはクラスという一つの社会集団をまとめていく職責があるのであるから、反社会的な者を厳しく指導していく必要があるのは当然であり、間違っている訳ではない。
     
     
     だが、往々にして凶悪な犯罪に走るのは、大人しかった者である。
     
     親も教師も看過しがちであるが、自己表現をして来ない大人しい者は一度何らかの形でカウンセリングなどを受けるのも手であると思う。
     たとえ、本人が嫌がってもカウンセラは上手に話を受けてくれる。
     
     心療内科でも何でも良いので、精神発達に異常が無いか調べるというのは大事である。
     
     変な意味ではなく・・・発達の異常を看過されて、適切な療育を受けられない方が不幸なのである。
     
     
     どうか、心療内科や精神科の受診のハードルが下がりますよう
     父と子と聖霊の御名においてお祈り申し上げます。
     
     えいめんっ


    起立

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       朝、起きられない病気というものがある。
       起立性調節障害と言うのを知っているだろうか。

       早い話が朝起きられない病気である。

       そんなバカなと思う人もいるかもしれないが、本当に存在するのである。
       普段、すごく真面目なのに、朝はどうしても苦手という人。ひょっとしたら病気かもしれない。

       起きられないことに病名がつくなんて、良い世の中だと思ってはならない。
       心で起きあがろえと思っても、体か生理的におきられないというのは不幸と言う他ない。

       当然だが、普通の学校にはかよえる訳がない・・・というわけでうちに沢山やってくるのである。

       まあ、他にも症状は色々あるのだが、最も日常生活に重篤な影響を落とすのが、寝起きの悪さなのである。
       
       実は、中学生の10%ほどが、起立性調節障害だそうである。
       
       とはいえ、根性で乗り切れる者や、家族が丁寧に起こしてくれる者、さして重篤な症状ではない者などもおるので、この病気で実際に学生生活が破綻する者というのは、数%といったところであろうか。
       
       でも、数%である。中学校に一人はいるレベルである。
       
       彼らにとって最も不幸なのが、この病気への認識不足である。
       「根性が足りない」「寝起きが悪いだけ」など等、普通に考えたら当たり前の注意がぶつけられるわけである。
       そんな事は、彼らも解っているのだが・・・でも、起きられないのである。
       
       
       で・・・。この病気、最近増えてきた病気である。
       常々なぞなのだが、うつ病でもそうだったのだが・・・病名がつくから患者が増えるのか、患者が実際に増えているから病名がつくのか。
       
       病名がついて、社会的に認知されるとともに、患者が増加するように思えるのである。それとも実際に増えているのかもしれない。
       
       なんだか謎である。
       今の現場で働き始めてから、世の中の殆どが何らかの精神疾患を負っているように思えてくるのだ・・・。
       
       変人、根性なし、そんな言葉で済まされていた時代は過ぎ去り、いつの間にか世の中は病人だらけである。
       
       
       何とか、彼らが寛快しますよう
       父と子と聖霊の御名においてお祈り申し上げます。

       えいめんっ

      底辺からの搾取

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         ここ最近、思うことがある。
         
         それは、一度底辺に落ちると、同じような仲間に囲まれて、元のレベルに戻る事は難しいのである。
         
         DQNの子はDQNなのである・・・。
         
         
         そして、一度・・・低所得層に転落をすれば、教育や家庭環境の面で中流以上の層に差をつけられ、学力や知力などの方面で勝つ事はかなり難しくなる。
         
         
         そして、色々なものに搾取されていく。



        1:タバコ
         これの搾取ぶりは鬼畜である。
         依存性でがんじがらめにして、ケツの毛まで毟り尽くすわけである。
         正直なところ、こいつはかなり強力である。
         日ごろ見ていると、喫煙本数と、所得の相関関係をグラフにしてみると、交差するような気がするのだがどうだろうか。
         
         高所得者ほど、他の楽しみを有しているために喫煙者が少なく、低所得者になるほど、代償行為的に喫煙者が増えていく。そして、搾取されていく。

        2:携帯電話
         低所得層の子供ほど、通信手段が貧弱である。
         携帯電話と、メールを利用し、搾取されていく。
         一方、中・高所得層の子供を見ると、ムダにメールや電話をせずに、スカイプやメッセンジャなどを使う傾向にある。
         

        3:SNS
         いつから、SNSってこんな極悪な場所になった?
         モバゲーやグリーに金をギュンギュン搾取されていく。
         怪盗なんちゃらなんて、はっきり言って十何年前のカシオの子供向けデジタル腕時計「サイバークロス」についていたゲームと同等のくだらなさである。
         
         そして、そこに現金をつぎ込んでどんどん搾取されていく・・・。
         
         とはいえ、比較的高所得者層の子供に多いネトゲ廃人もここは似たようなものだからな。
         

        4:パチンコ・スロット
         言わずもがな。
         貧困の巣窟である。搾取というか、もはや上納に見えてくる。
         
         
         
         以上あげた4つは、比較的底辺層から搾取をしている業界である。
         
         そして、一度それに捕らわれると、なかなか戻ってこられないのが怖いところである。
         
         
         結果、搾取されて続け、金を失い、子の教育が疎かになり・・・その子もまた・・・というスパイラルに陥っていく。
         
         恐ろしい事だ。
         
         どうか、不幸な人が減りますよう
         父と子と聖霊の御名においてお祈り申し上げます。
         
         えいめんっ


        寝すぎだろう

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          2泊3日のイベントの際に、23時に寝かせて、7時き起こしたら、ややDQN連中は文句たらたらである。

          お前達はそんなに寝たいのかと、聞いてみた。

          寝たいらしい。

          1日12時間くらい寝たいらしい。百歳まで生きても五十年しか活動できないんだぞ?と聞いてもみたが、

          寝たいらしい。
          誰にも邪魔されずに、自由に寝たいらしい。

          以前、森博嗣の自由についての本当に書いてあった言葉を思い出した。

          眠たいから寝るというのは、肉体的な束縛であって、自由ではない。
          本来やりたいことに充てられる時間を失っているので自由ではないという理屈に感心したものである。

          究極的なところ、極論をすれば彼の言う自由というのは・・・
          「肉体的、生理的な束縛から解放されるために、強い理性と意志、興味、向上心、目的、夢を持った人間になること」であると言う事ができる。

          だが、私は気づいたのだ。
          何にも興味がなく、何にもやる気がなく、何事も面倒臭い人間もいるのである。

          彼らが力を入れるのは、女と、仲間や敵対する者との、縄張り争いである。

          実に本能的である。
          興味というより、本能に近い。

          教育からあぶれた者がかくも動物的になるとは驚きである。

          彼らが本気になる事というのは、基本的に動物的な、肉体の束縛とも言える事象である。

          結局のところ、教育と言う行為は、動物が人間になるまでに得てきた過程を短期間で詰め込むものなのかもしれない。それによって、動物は人となるのだ。

          彼らが何事にも興味を持てるようになりますよう
          父と子と聖霊の御名においてお祈り申し上げます。

          えいめんっ

          極道の女 後編

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             さて、突然我々の所に乗り込んできて、自分の同棲している彼氏を奪った小娘の父親相手にキレまくった女。
             
             その日、一応よくない事だし、娘にはもう連絡をさせないと約束させ、その場は落ち着いた。
             
             
             
             だが、その後・・・思っても居なかった事態に発展する。
             
             解決しないのである。
             そのヤのつく仕事の男が、とんでもないダブルスタンダードなのである。

            「あの小娘は遊びだ。もう別れる。一緒に住んでいるお前しか、俺にはいないさ」

            「あの女は、ただ便利だから一緒に住んでいるだけだ。お前を愛している」

             と、どちらにも良い顔をしているようなのである。
             
             で、小娘と女が互いに連絡を取り合い、その事実を確認。
             男をだまして、三者会談をするお膳立てをしたようなのである。
             
             その場に来た男と、三人で話し合い、男はキレまくり・・・
            「とりあえずここでは何だから、他の場所で話をしよう」
             
             そう言って、自分の車について来いといって運転。小娘は、女の車に同乗して、二人で後ろをついていく事になった。
             
             ちょっと遠くのファミレスの駐車場に車を留めると・・・・。
             
             左右を大型の、ノアだかヴェルファイアだか・・・まあ、とにかくDQNが好きそうな車に囲まれたというのである。

             で、組の若い者が二人を引き摺り下ろす。
             
             互いに別々の車に乗せられ・・・特に乱暴とかをされた訳ではない。
             男は、同棲相手の女を引きずり込んだ車の中で激怒しながら何か話をしていた。
             
             で、小娘の方はというと・・・スキを見て車から逃げ出して、ファミレスに駆け込んで「殺される!助けて!警察呼んで!」と、泣きながら叫び、その場から脱出をしたという。
             
             そして、彼女は私にこう報告してきた。
            「また、あの女から電話がかかってきたんだけど・・・。●●くんはヤ●●だから、自分の名義で携帯とか、家を借りたりできないので、世間のカムフラージュ用女として利用されてたんだって。私これからもあの男と一緒に住んでいかないといけないって電話で泣いてたよ・・・」
             
             小娘の方も、その一件で怖くなってしまい、携帯ごと買い換えて今は真面目に暮らしているのであった。
             
             願わくば、もう二度とそちらに戻らぬよう
             父と子と聖霊の御名においてお祈り申し上げます。
             
             えいめんっ


            その頭痛は

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              つぶやきである。
              携帯では打ちにくいので短文になりそうである。

              標高が高いところに来ている。こんな時に可哀想なのが、発達障害を持つ者である。

              科学的な因果関係は不明なのだが、発達障害を持つ者は、曇りの日のような低気圧のなかにおいて頭痛を誘発しやすい。

              原理的には高山病のようなものらしい。

              で、標高が高いということは、単純に気圧が低い訳である。

              そんなわけで、頭痛を訴える者が多くて大変なのである。

              発達障害や適応障害があると、環境への適応力が低いわけだが、このように生理的な適応力も低いわけである。

              世が世なら、変わり者として村八分にされたり、世捨て人になったり、あるいは淘汰されていたかもしれない。

              割りと一般的な理解が少なく、根性なしだと思われがちなのも、可哀想な点である。

              なんとか彼らが頑張れますよう
              父と子と聖霊の御名においてお祈り申し上げます。

              えいめんっ

              極道の女(前編)

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                 明日から、仕事で泊まりなので、2日間ほど更新が途切れる事となる。
                 ほぼ毎日更新がテーマであるので、別に間があくこともある。
                 
                 ひょっとしたら携帯からつぶやき程度は書くかもしれぬが・・・。
                 
                 
                 
                 さて、今日は過去にあった大事件について話をしたいと思う。
                 あまりに現実離れしている感じがするが・・・実話である。
                 
                 
                 それは、ある春の日の事だった。
                 いつもどおりの電話に、いつもどおりに出てみると、その電話は見知らぬ女からだった。
                 
                 どうやらその様子から、問い合わせでかけてきた訳ではないのである。
                「●●という女の子がそこに通っているでしょう?」
                 と、言ってくるのである。
                 
                 とはいえ、何者か解らぬ段階でおいそれと答えるわけには行かない。個人情報の保護というやつである。
                 何者か聞いてみると、その●●という娘が犯した重大な犯罪行為について知っているので、話をしたいというのである。

                 いきなりそんな事を言われてもどうしようもないと言ったところ、彼女はこう言った。
                「お宅には、通ってきている子がマリファナをやってても良いんですか?そういうところなんですか?」と・・・。
                 
                 穏やかではない。
                 どうやら、我々と直接話をしたいと言うのである。
                 さらに言えば、その●●という娘の保護者にも話をしたいと言う。当日は証拠の手紙を持ってくるとも言っていた。
                 
                 そこで・・・我々は●●の父親に連絡を取った上で、仕方なしに話し合いの場をセッティングしたのである。
                 これは、大きな失敗であったと感じている。結論から言えば、我々はダシに使われたのである。
                 
                 数日後、その会談の日。
                 女は憮然とした態度で現れた。年齢は30前後。それなりに若いはずだが、つかれきった貌をしている。
                 
                 そして・・・会談の部屋に入るなり、女は吼えた。
                 
                「●●のお父さん。結論から言いますけどね。アンタのところの娘が人の男にちょっかい出して困ってるんですよ?」
                 
                 で、女はすごい剣幕で怒り始めたのである。
                 
                 話を総合すると以下の通りである。
                 私が担当している●●という小娘には彼氏がいる。それがヤのつく仕事であるというのも私は知っていたし、会った事もあった。
                 
                 だが、どうやらその女は、そのヤのつく仕事の男と同棲しているというのである。一緒に暮らしていて、毎日そこに帰ってきて、生活をしている。
                 
                 早い話が「この泥棒猫!キィイイイイ!」という文句を垂れたかったのである。泥棒猫の父に対して。
                 
                 で、さらに手紙を出す。
                 
                 そこには●●から彼氏に宛てられた手紙が何通か入っていた。
                 
                 具体的な内容をいくつかピックアップすると・・・
                 「〜〜クン達にマリファナ吸わされそうになってたところを助けてくれて〜〜〜〜略」みたいな文脈がある。文脈から判断するに、マリファナは吸っていない。
                 吸っているグループとは親交があるようだが。
                 
                 まあ、父親に見せてて本当に申し訳なく、可哀想だと思った文として
                「このあいだ××くん(彼氏の名)に中出しされて超幸せだった」というような文章もあった。
                 
                 で、その女としてはもう、マリファナのことなんてどうでも良かったようなのである。完全にそれは、我々を引きずり出すためのエサであった。
                 
                 彼女は徹底的にその浮気について糾弾した。
                 「男に浮気するなって言えよ」と、言いたくても言えないのが辛いところである。完全にファビョっておった。
                 
                 「そもそもね、××くんは、カタギじゃないの。そんな男にちょっかいかけて、私は彼女の事を思って今日はこうまでして話しに来たのよ?」とか、言い出すのである。
                 生きる世界が違うんだから、男に手を出すなと言いたいらしい。
                 
                 とにかく、2時間ほど話を聞かされたが、1行に要約できる。
                「人の男に手を出すな」
                 
                 そして、父親と電話番号を交換し、二度と男にちょっかいをかけないように言い聞かせるように約束させた。これで、男とは縁を切るようにと。
                 
                 正直、超疲れた。
                 変なダシに踊らされて、こんな事になったのがイヤであったし、お父様にも申し訳が無かった。
                 
                 とはいえ、これはまだ、序章に過ぎなかった。
                 この後に起こる、普通の生活では垣間見る事のない事実に、我々は愕然とする事になるのだった。


                -次回、後編に続く!-(17日up予定)
                 


                ママのおっぱいを吸い足りなかったのか?

                0

                   タバコが多いのである。
                   タバコを発見される者が多いのである。
                   
                   そもそも、前に居た所で、タバコと飲酒を何度か見つかって、追い出されて我々の所に転がり込んでくるという、典型的な悪いことしちゃいましたパターンが少なくない。
                   
                   さて、ここで一つ問題がある。
                   
                   タバコを吸うのがどの程度問題なのか。
                   飲酒をするのがどの程度問題なのか。
                   
                   そこである。
                   
                   正直なところ、あのくらいの年代は興味本位で酒も飲むし、タバコも吸うであろう。私はその行為自体は、確かに法に反する事だが、完全に否定はしない。
                   
                   そういうものだ。
                   
                   
                   だが、我々の所に来る連中は、ある一点において、一線を画するのである。
                   
                   それは、「隠れない」事である。
                   隠そうとしないのである。
                   
                   最近のことなのだが、私が日々勉強を教えている建物の前で、吸っておったのだ。
                   たまたま、車でお使いに行って、地下にある駐車場にとめて、階段を上がってきたら・・・・。
                   
                   なにやら、子羊達の声がする。
                   
                   おやおや、何人かいるのかな?驚かせてやるか。と、ちょっと楽しい気分で階段を上がって、街路に出たわけである。
                   
                   「あ・・・」
                   
                   まさに「あ・・・」である。
                   天下の公道で、制服を着た小娘が、タバコを口にくわえて、火をつけた瞬間であった。
                   
                   ともすれば、我々が普段働いている部屋の窓から見える位置である。
                   
                   というか、そもそも街路である。制服である。
                   
                   しまったという顔をしている彼女を連行して室内へ。
                  「これは何だね?どういうつもりだね?」
                   と、私が厳しく尋問。
                   
                   没収の上に、一定期間の謹慎を言い渡し、その後に三者面談となるわけである。
                   
                   その間彼女はしきりに「たまたま」「あまり吸ってない」「他にも吸ってるヤツがいるのに何で私だけ!」「親には言わないで」「どうなるの?辞めさせられるの?」
                   
                   など、我と我が身をしきりに気にしていたのである。
                   当然ながら、反省の色は殆ど無い。
                   
                   三者面談に来たら来たで、親を「クソババア」呼ばわりである。娘の言う言葉ではない。
                   
                   
                   さて、前述した彼女らの最大の違いというのは何なのだろうか。
                   それは「罪の意識の有無」と形式的にでも「順法精神」があるかどうかである。
                   
                   つまり、隠れないのである。
                   隠れて吸わないし、隠れて飲まない。見つかったら「ハァ?なんで怒られないといけないし?」みたいなスタンスである。
                   
                   法を犯している。
                   決め事を破っている。
                   
                   そういう意識が欠落しすぎているのである。
                   
                   ちょっと、反社会性人格障害じゃないかと思うレベルの時もある。
                   
                   
                   通常であれば、隠れて悪さをするという発想になるはずなのだ。
                   法律論で言えば、断じて否だが、正直なところ隠れて吸う、隠れて飲むのはまだ許せる。
                   なぜなら、罪の意識があり、形式的にでも順法の姿勢をつくろおうとしているゆえの「隠れる」という行為である。
                   
                   やって良い事、悪い事を解った上での冒険ならば、見つかったときに泣いて謝ったり、己の運命と受け入れるならば、良いと思うのだ。
                   
                   
                   だが、問題は「みんなやってるし良いじゃん」と、隠すそぶりすら無い連中である。
                   当然の行為になってしまっている者たちである。

                   酒やタバコ。禁じられた物には手を出したい年頃である。
                   悪いことを隠れてやる。という意識なら人間的には大丈夫だと思う。
                   
                   問題なのは、悪事を働いているという認識の欠落した隠れない者である。

                   
                   罪の意識の欠けた者の行く末がどうなるのかが心配でならない。
                   
                   彼らが社会に適応できるよう
                   父と子と聖霊の御名においてお祈り申し上げます。
                   
                   えいめんっ


                  憧れとは理解から最も遠い感情だよ

                  0

                     困ったことに、最近はとある職業を希望する者が多すぎるのである。
                     
                     「声優」である。
                     
                     
                     
                     とはいえ、食えなくなっても意地でも声優になってやるという気骨のある連中がいないのが問題なのである。
                     
                     単に、あこがれで声優を目指す者が多すぎるのである。
                     
                     アニメが好きだからとか、声優が好きだからで、自分も声優を目指す輩が多すぎるのである。
                     さらに困った事は何かと言うと、そこに焦点を当てて金儲けをたくらむ大人たちである。
                     
                     声優系の専門学校が乱立しているのである。
                     
                     
                     ところで、調べてみると専門学校卒の人気声優というのは、さほど多くない。
                     大御所や人気の若手だと、大卒の方が多いのである。
                     
                     だのに・・・どこもかしこも「プロになれる」だとか「デビュー保証」だとか、そんな甘い言葉で子供を誘って来るのである。
                     
                     もっとも、良心的な専門学校は、芽のある者をしっかりと鍛え上げてデビューさせ、芽のない者は、しっかりと音響や録音などの勉強を副専攻で学ばせて、スタジオや舞台系に就職させるという事をしてくれている。
                     
                     「専門学校」と名のつくところならば、ダメだった場合(大部分の生徒がダメだった場合になるが・・・)には、就職を斡旋してくれているので、そこまで心配ない。
                     
                     問題なのは・・・
                     ●ューマ●アカデミーとか・・・●々●●●●ー●ョ●学院(ここは昔からブラック学校の代表選手だが)だとかである。
                     実はこれらは「専門学校ではない」
                     
                     各種学校にあたるもので、実は予備校とか最悪の場合、カルチャースクールと同じで、卒業しても専門士の学位も得られないし、学歴にもならないのである。
                     
                     さらに言えば、法定の授業時間数とか、就職支援の義務が無いので、本当に芽の無い者は捨てられる運命にあるわけである。
                     
                     私は声を大にして言いたい。
                     声優になりたいのならば、大学へ行け。
                     
                     演技に携わる者に最も大切なのは、幅広い教養であり、しっかりと文章を読める力であろう。
                     
                     大学さえ出ていれば、声優になれなくても、色々な道がある。
                     声優にならなくても、普通に働いていて声優になるチャンスがあるかもしれない。
                     
                     人生を左右する大事な決断であるからこそ、先を急がず、己の経験を高める為に、大学に進んでほしいものである。
                     安易に専門学校を選択するべきではない。
                     
                     だって、専門学校に行っても、大学に行っても、デビューできる保証が無いのは同じである。
                     だったら、色々学べる方がお徳である。
                     
                     
                     皆が、しっかりと未来をかんがえられますよう
                     父と子と聖霊の御名においてお祈り申し上げます。
                     えいめんっ


                    King of 過保護

                    0

                       過保護王決定戦!
                       
                       とまあ、勝手にタイトルを叫んでみた。
                       最近のすごい過保護をいくつか紹介したい。
                       
                       
                       オープンキャンパスに親が一緒に行くのはまだ良い事だ。だが、そこで聞いた内容を要約して、面接のときのポイントなどをwordでまとめて・・・印刷して子供に与える。

                       なかなか高レベルなスタートである。
                       
                       
                       一週間に一度くらい「うちの子いじめられて居ませんか?」と電話をかけてくる。
                       しかも家では、子供の反発を恐れて、こちらでの出来事などについて子供と話ができていない。
                       
                       
                       だからイジメられてないって。
                       毎回こう答えるのだ。「そのような事実はございません」
                                   (↑イジメを隠蔽してる学校の記者会見のようなセリフだ)

                       
                       三者面談のたび、うちの子をよろしくお願いします。と言って、数万円分の商品券を持ってくる。(困るんだけど・・・そういうの貰っても)
                       
                       
                       金は良いから、もうちょっと子供との会話を持ってあげて下さい。と、いえないのが辛いところ。
                       
                       
                       大学の個別相談会に「よろしくお願いいたします」って菓子折りを持っていった事が発覚。(そういうのダメだから・・・)
                       
                       
                       本当にただの菓子折りだったんだろうな・・・。
                       
                       
                       子供が大学の推薦入試に落ちたら、不合格の書類を握りつぶし、こちらにも「うちの子が傷つくから教えないでくれ。何とか傷つかないように、遠まわしに他の方向に進路を変えさせてくれ」と言ってきた。
                       
                       
                       乗り越えさせろよ・・・・。
                       
                       と、粒ぞろいな案件がそろっておる。
                       いずれ劣らぬ過保護な内容である。
                       
                       
                       
                       だが、最大の難事は何かというと・・・。
                       
                       
                       上記すべて同じところって事だ・・・。



                       親が変わらないと・・・。
                       何とか気づきますよう
                       父と子と聖霊の御名においてお祈り申し上げます。
                       
                       えいめんっ




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